Monologue 2004

 コーヒーブレークの快楽
Jul. 1.2004

この季節の暑さは木工を生業とするものにとってはまことに疎ましい。
木工は体力勝負のような工程も少なくない。
最初のステップである木取りという工程もそのひとつ。製材され、乾燥工程を経た材木を制作対象の各々のパーツの大きさにカットし、さらにはおおまかに削る工程だ。
例えばテーブル甲板を例に取ると、厚さ4cmほど、広さ900mm×1.500mmほどの4人掛けのこぶりのものでも、広葉樹の平均的な比重で計算すると50Kg強。2枚矧ぎでも1枚あたり25Kgになるが、製材された材木は2.1m〜3.0mほどの長さがあるので、時には50Kgほどのものを移動、振り回すことになる。
とうぜん大汗をかきながらの作業だ。これはしかし耐えればよいから問題はない。

汗が問題なのは鉋掛け、あるいは組み上げなどの仕上げの工程だ。
鉋掛けは力仕事なので、大汗をかきながらの工程になるが、汗が板面にあたるとシミができる。これはそのまま放置すると芳しくない。シミは乾いてくれるが、塗装工程でこのシミは見事に再現してくれるだろう。つまり濡れた部分は繊維がふくらみシャープに仕上げたはずの板面がぼやけ、そこだけ異質な風合いになってしまう。
組み上げのときにはホゾ差しの個所などにボンドを用いるが、これは圧締することでボンドがはみでることも少なくない。当然お湯に浸したウェスなどを用いふき取るが、これもシミとして残るので細心の注意を払う。(はみ出ないように決して多からず、少なからず、ということ。ふき取る時にも決して余分な水分を与えず、最小量にしてかつ十分にふき取るべく切っ先鋭いナイフ状のものを使いふき取る)
乾いて塗装する前にあらためてサンディングすれば解決するのだが、組あがった後のサンディングは大層困難なものになるので、極力避けたいのだ。
うちに来る弟子に必ず教えねばならないことはこの工程。組み上げる前のパーツの段階で一度仕上げたものは最後までいじるな、ということだ。とかく組んだ後もあれこれいじりたくなるもの。しかしこれは精度の高い仕上げを無自覚に損なっていくだけのことだということを知らねばならない。

さて、職人はこうして暑いさなかでも、細心の注意を払い、あるいは分厚い板をぶん回しながらの強力(gouriki)仕事でいささか疲れもするので、仕事中のブレーク、一休みは欠かせない。
うちでは10:00、16:00の2回だ。(16:00というのはこの頃に新聞夕刊が配達されるという地域的事情によるもの)
一休み、これにお茶は欠かせない。当地静岡はお茶産地。でもボクはコーヒー。これからやってくる真夏の暑さのなかでも、やはりホットコーヒーだ(暑さの中での冷たい飲み物はその時は涼しさをもたらしてくれるが、身体には決してよくない)。
そういうわけで、今回はコーヒーの話でブレーク。

まずは美味しいコーヒーの入れ方について私論を。

  • まずお湯を沸かし、その間に豆をミルする。湯が湧けば、ポットにドリップサーバーをセットし、お湯を張り暖めておく。(このポット、サーバーを暖めるために使用したお湯は、次にカップを暖めるために再利用すると良い)抽出されたコーヒーが冷めるのをできるだけ避けるため、ともかく全ての器具を暖めておきたい。
  • サーバーにペーパーフィルターをセットし、ここにミルされた粉を表面が平らになるよう均質に入れる。
  • さて沸き上がったお湯は少しさましてから、おもむろに注ぎ入れるのだが、この注ぎ入れる最初の工程がとても重要。まずはよく粉を蒸らすことが重要だ。最小にして十分量のお湯をコーヒー粉全体に浸潤させるのだが、豆が新鮮で、かつミル仕立てだと必ず粉の表面が大きく泡立ちふくれあがる。このふくれ方で粉の力(抽出力)というものが推し量れる。
  • その後約1分そのまま蒸らしの工程を置く。(これが肝心)
  • 次にいよいよ必要量のお湯を注ぎ入れるのだが、できるだけ細い注ぎ口から粉の真ん中→外→真ん中、と粉の力を引き出すように(泡をふくらますように)注ぎ入れる。
    この泡が失せ、水面が露出すると、もはや抽出力は終わりだ。このまま注ぎ続けると、こくもきれもない、苦くうすいコーヒーになってしまう。
    必要量のお湯を何回かに分けて注ぐのだが、これはサーバーの穴の数によって調整が必要。メリタのよう1穴のものは1度に注げばいいし、カリタのような3穴のものでは3度ほどに分ける。

なおコーヒーメーカー(電動コーヒー抽出機?)も高級なものだとこの蒸らしの工程を自動化したものもあるようだ。

最近NHKの「ためしてガッテン」という人気番組でこの「断然うまいコーヒーいれ方の定理」というものがあったが、この工程をかなり科学的分析を含め構成していた。

豆はぜひ新鮮で良いものを見つけよう。できれば焙煎仕立てのもので、ミルされていない豆で求めよう。
豆の保存管理だがボクはフリーズさせてしまう。入れる時に必要量だけ出して凍ったままミルにかける。この方法は全く No Probem だ。

ボクは信州のあるコーヒー工房に注文している。ストックが無くなるとFAXして注文するのだが、ここでは受註後に焙煎をスタートさせる。そしてその日のうちに運送屋に託す。翌日焙煎したての豆が入手できるというわけだ。
2度ほど工房を訪ねたが、一般家庭のキッチンのようなところで、小さなコンロに焙煎機(とはいっても200gほどしか入らないドラムをモーター駆動する仕掛け)をセットしたものが5,6台。まさに工房スタイルだ。

さて冷凍管理しているとはいえ劣化は進む。やはり焙煎仕立てのコーヒーは力を持っている。蒸らし、注ぎの段階での粉の盛り上がり方でその力が見事に視覚的に分かる。
したがってあまり大量に買い付けないことも大切なポイントだ。劣化する前に使い切ることが重要。

ところで諸兄はフェアトレードということについてご存じであろうか。既に日本に定着して久しいが、必ずしも広範に普及しているとは言い難い。
簡単に定義すれば、「オルタナティブなトレード」(もうひとつの形の貿易)として南からの輸入のあり方を考えようというNGOの活動の一つだ。
このフェアトレードの代表的な商品の一つがコーヒーであろうということで取り上げたい。

コーヒー豆はグローバルな戦略流通商品だ。価格も天候などの影響の他にも先物買いなどの投資対象とされ投機的な価格操作もあったりするので、とても不安定な相場になりがちだ。
生産国はコーヒーベルト地帯といわれる赤道をはさんだ南北25度の熱帯諸国だが、そのほとんどが劣悪な生産システムのなかで貧困な生活環境におかれている(最低レベルの生活もできなくなり、餓死者も出てきているという)。
最近では様々な要因で相場は最低価格を更新している。小規模で優良な豆を生産していたような農園は立ちゆかなくなり、優良品種そのものが断種するような状況も生起しているという。
まさに東西冷戦対立後の世界的問題としての「南北問題」のある種象徴的な商品がコーヒー豆といっても過言ではない。

今はやりのカフェでコーヒーをすすることはおしゃれな生活スタイルだろうし、ボクのように<いっぷく>、でのコーヒーは生活習慣として欠かせないものだ。ここではさほど価格変動を感ずることはないし、したがってまた生産農家のうかぬ顔色も見えては来ない。
これはとても複雑な流通ルートを経由してやってくるからでもあろう。

フェアトレードという考え方はこうした劣悪で不安定な環境におかれている生産農家と消費者をダイレクトに繋げることによって、市場に左右されない価格を維持し、少しでも生産者の生活を守り、そして品質の良い豆を生産してもらおうというものだ。

とかく南への援助と言うと金がばらまかれたりするが、決して地元の人々の生活の安定にはつながっていないという実体があったりするのだが、このフェアトレードという考え方は、彼らに生産者としての誇りを持たせ、自立していくための関係性を作ろうというものだ。

この誇りを持った生産というのは食物の安全安心、ということからもとても重要なことだろう。大型プランテーションの化学肥料ばらまきのシステムではなく、牛堆肥などでの有機農法も可能となり、持続可能で高品質の生産が可能になっていくのだ。

確かに通常の価格に較べればやや高いが(しかしせいぜい1〜2割高)それだけの価値と誇りがあるだろう。

お奨めするわけではないが「スターバックスコーヒー」でもこのフェアトレードの豆を扱っている。ネットで検索すれば迷うほど多くのサイトが諸兄のアクセスを待っているだろう。

もちろん紅茶党の人にも同様のものはある。フェアトレードといってまず浮かぶのはこのコーヒー紅茶と並んでまず筆頭にはバナナ、さらには服飾ではオーガニックコットンか。

以前、あるドイツ人工業デザイナー講演会場でのこと。テーマはブランド力の重要性、ということであったが、「ユニクロの\1.000のフリースと、パタゴニヤの\10.000のフリースでの価格差に見る、ブランド力は」ということで質問したことがあった。
フリースを世界で最初に開発商品化した米国スポーツウエアメーカー、パタゴニヤと、低価格路線の戦略商品として扱われ爆発的ヒットを飛ばし話題になったユニクロ。
ユニクロのフリースは翌年には風合いが損なわれ、嫌気がさしてダストボックスへと消えたものもあったかもしれない。もう一方のパタゴニヤのものは保証付きで、修理も可能。デザインももちろん秀逸。さらには環境重視、生産労働環境重視の企業ポリシーのブランドのものを身につけるという誇り。ここに価格差をもはねかえす価値を認めるのだろう。
当然かもしれないが、このパタゴニア、Tシャツを含むコットン製品は全てオーガニックコットンであることはいうまでもない。(機会を改めてこのオーガニック農法ということも勉強してみたい。ユニクロの経営体が一時農産物の取り扱いをスタートさせたということで話題になったが、残念ながらこのチャレンジは成功とはいかなかったようだ。有機農産物をユニクロの特異とするコストカット、スケールメリットの経営理念で司るということの矛盾であったのか。好対照のパタゴニア経営理念についてはとても興味深いものがあるので少し調べてみよう)

Topへ