オーストリア、チロル地方で製材業、建築業を営むエルヴィン・トーマ氏の著書(「木とつきあう智恵」地湧社刊)の発刊記念、来日セミナー「新月伐採木のすべて」に参加させていただきました。

以下はその紹介、報告です。

講師エルヴィン・トーマ氏のプロフィール

オーストリア ザルツブルグ生まれ アルプス、チロル地方で6年間営林署勤務の後、製材会社(施工部門を有する)THOMA社を数人規模で設立する。

その後「新月伐採」の有用性の発見と、実証を経て、息子のシックハウス障害を体験するなかから、化学物質に依拠しない無垢だけの建材を開発。また現代建築、木材業界への警鐘ともなるそれまでの体験と、提言の著書「木とつきあう智恵」を著した(1996年)が、林業関係者から賛否両論の反響があり、一般読者からの好評も博しオーストリア、ドイツを中心に大ベストセラーになり業界を越えて時の人となる。

木とつきあう智恵」
▼エルヴィン・トーマ著
▼宮下智恵子翻訳
▼地湧社 出版
▼ISBN-88503-173-7
新月伐採のすべて (講演,ワークショップ)
■講演期日 2003.9.21〜22
■会 場 ・南会津 舘岩村 村民会館
株式会社オグラ
■講 師 エルヴィン・トーマ
■通 訳 宮下智恵子(著書翻訳者)
ペーター・マテウ(Team7)
■司 会 阿部蔵之
(AQ デザイン開発研究所)
 1「新月伐採」とは・・・

木材という有機物質は、様々なセルロースと、空隙から構成された細胞であるために、置かれた環境の大気の影響を受けやすい。このために伐採された木材を湿潤な環境に置くとバクテリアに犯されたり、虫食いの被害を受ける。また適切に乾燥させないと反りが生じたり、痩せたり膨らんだりする。従って伐採の時期は一般に木の活動が停止する秋から冬にかけて行い、伐採後は適切な設備、環境で乾燥の手順を踏む。これは良く知られたことだ。
しかしこうしたセオリーに準じてもなお木は置かれた環境によって暴れることは避けがたい。

トーマ氏は顧客の様々な要望に真摯に応えようと、営林署で学んだ近代木材学に即し伐採、製材、管理していたが、息子のシックハウス問題に直面させられたり、同じように製材業に長く従事していた祖父にアドバイスを受ける中で、現在の木材の生産、建材のあり方に疑問を感じ、90才になる祖父の何気なく語った一言「新月に伐採された木は腐らない、丈夫なんだよ・・・」に、何か天啓を受けたように感じ、これを実践していった。子供の頃に近くの山岳農家の400年前に建てられた母家の煙突が木でできていることの不思議さもこれに答えがあるのではと、ひらめいたのだ。

その後古来から伝えられてきたものの、最近ではあまり非科学的と省みられなかった「新月伐採」という手法をあらためて実践、検証、広めていくことになる。
冬の下弦の月から、新月の時期に伐採された木材は無垢のままでも虫が付いたり、腐ったりせず、丈夫で暴れが少なく、したがってこれを用いた建材で作られた家ではシックハウスも起きないことを次々に立証させていき、祖父の一言の正しさが次々と実証されていくのはそう時間はいらなかった。
このことはチューリッヒ大学でも研究、立証され、オーストリアの森林局も「新月の木」であることを証明書として発行するようになったという。

エルヴィン・トーマ氏
 2 「建築生物学」に基づいた建材の開発

こうして生産された「新月期伐採木」は様々な建材へと加工されていった。例えばフローリング材は一定の幅の木を本核(ホンザネ)で継いで大きな面積のものに構成していく。一般の木材だと、痩せたり、反ったりして継ぎ目が大きくなったりするものだが、この「新月期伐採木」を用いると、施工時の精度がそのまま長年維持するということも立証されているようだ(40cmほどある幅の板も縮まなかったという)。
他にも建具材などの形状変形が許されない部材には最適だそうだ。

トーマ氏がはじめたこの事業はまだ施工実績が10年ほどのようで100年単位、500年単位でどうなのか、先の人類しか検証し得ないが、驚くべき耐久性をみせるであろうことは想像に難くない。

この方法は上述のようにシックハウス対策として有効であることが彼の息子(同行して来日していたが、はにかみやで静かな18才の健康そうな青年だ)の発育過程においても立証されてきたようだ。これは彼が移り住んだ古い実家の床に合板(パーティクルボード)が使われてることからのようだということに気づき、これを取り除き、無垢の床板にしたところ、快方へ向かったという。


 3 現在の展開 (「ピュアウッド」の普及)

トーマ氏の「新月期伐採木」は業界、学会などに徐々にそのすばらしさが認められ、大きな規模のホテル建築に全面的に供給するなど、施工実績を積み重ねてきている。
(日本においてもいくつかの施工例があるようだ。 >> 個人住宅以外にも、「八ヶ岳中央高原クリスト教協会」など大きなプロジェクトも成功させてきた)

これらには「ピュアウッド」という商品名を持つ「集成建材」が開発されて利用されている。
これは無垢の単板(タンパン)を何層にも積み重ね、接着剤を用いず、この重なった板を固着させるのはダボ(Plug)だ。
この「ピュアウッド」は厚さにもよるが、張り合わせ部に溝を付けていることによって極薄い空気層があり、そのため断熱性、耐熱性にすぐれ、一般の集成材と比し数倍から、10数倍の効果があるようだ。
これはその後ドイツ木材クリエイティブ賞、ザルツブルグイノベーション賞も受賞することになる。(2000年)

    

::::::::::: 講演会、ワークショップに参加して :::::::::::

講演会、ワークショップの企画者、会場は南会津の「(株)オグラ」という製材、木材会社だ。ここの若い経営者は熱心に顧客の要望に応え、内地材の有効活用をされている。以前雑誌『室内』にも紹介されたので、知っている人も多いと思う。

ここでは著書出版社、地湧社とも協力し、本年2月からこの「新月伐採」を試みているという。
今回の企画はこの会社と「AQ デザイン開発研究所」(阿部蔵之 氏主宰)の企画によるものだ。
講演にはトーマ氏に通訳として、著書「木の使い方の智恵」の翻訳者でもある宮下智恵子氏、それにTHOMA社の国内代理店にもなっている「Team7」のペーター・マテウ氏が同じく通訳として同行していた。

今回の来日は「八ヶ岳中央高原クリスト教協会」の落成記念としてのものであったようたが、著書の出版記念ということもあり、全国4個所(帯広、京都、東京、南会津)の講演を企画した中の一つだ。
この会場は離日する最後の講演ということもあり、最初は疲労の色を隠せないようだったが、徐々に熱を帯び、実に情熱的に語ってくれた。(木材業を営む経営者というイメージのそれではなく、何か大学の講義を聴講しているような感にさせられるほど、原稿なしの見事な講演であった)
参加者の質疑にも懇切丁寧に答え、著書へのサインも気安く応じてくれた。

その夜の築140年の茅葺き民宿では、もてなされた田舎料理にも器用に箸を使いこなし食も進んだようでご機嫌のようだった。

翌日は製材所でのトーマ氏のアドバイスを受けながらの製材の立ち会い、そして会津棟梁(斉藤さん)と共に「継ぎ手」、「組み手」の学習と意見交換を行い無事終了した。この「継ぎ手」、「組み手」にはトーマ氏もたいへん興味を示し、日本の匠の技には大いに感心していたようだった。

    

ワークショップでの製材所にて(株式会社オグラ)
■  オルグナイザーとしての現場の職人

既に自国、ドイツなどでは著名な人で、会社経営の面でも今や100人規模の職員を抱えるようだが、日本では最初の著書も訳出されたばかりで、評価はこれからであろう。
しかしこの一見非科学的な「新月伐採」という驚くべき再発見は、木材と建材の業界にとどまらず、学会にも波紋をよぶことは必至。

ひとりの類い希な資質を有した木材業者が、現代の地球環境のドラスティックな変貌の現状に対し問題解決への新たな糸口を見いだそうとしているようだ。
あらためて木のもつ無限の可能性、豊かさを教えられたようだ。
一職人から、世界の関連業界への伝道者、オルグナイザーとして活躍されていることは大いに喜ばしいことではないか。

    

::::::::::::::: 月齢の不思議 :::::::::::::::

「新月伐採」という古来からの言い伝えとしては、日本でも同じようなことがあるようだ。「闇夜の日(新月の時期)に刈った木は虫が付かない」ということが足助の木挽き(「加茂樫材工業所」)から取材されている(「木の総合学研究所」AQデザイン開発研究所 資料より)し、竹材の伐採の旬についても同じようなことが伝えられているという。

月が地球上にもたらす力というものは、古来からさまざまな分野にわたり言い伝えられてきているようだ。(「満月にはオオカミに変身する人がいる」というのは昔話の世界だけではなさそうです。注意しましょう。 >> これは半分冗談で、半分 納得 !?)

農業の世界でも種まきの好時期などには月齢が関係するようだ。
またトーマ氏著書によれば、この他にも、木杭は上弦の月のときには早々に腐りガタがくるので、絶対打ってはいけない。下弦から新月の時期ならばしっかりとくい込んで長持ちする、ことなどいくつもの古老からの言い伝えが実は単なる迷信などではなく、正しい智恵であることを解き明かしている

まさに極限的に文明が発達しているかのような現代においても、自然界にはまだまだ科学的に解明できない 不可思議な人智を越えたところでの営みがあることだけは間違いないようだ。

    

民宿での懇親会
左から、宮下、トーマ、ペーター、阿部(敬称略)
::::::::::: トーマ氏の「建築生物学」という概念について ::::::::::: 

「建築生物学」という言葉が著書には何度も出てくる。この「建築生物学」という概念については、恥ずかしながら初めて聞くことばで十分に理解しているわけではないが、そのいわんとすることはは理解できるように思う。

人類の歴史の中にあって、近代技術の自然への関わりというものは、人智を越えたところの自然現象をいかに技術によって克服するかというアプローチであったように思う。まさに欧米を中心とする近代合理主義の根幹をなす思考であったろう。明治以来日本においてもいち早くキャッチアップすべくひた走ってきたのだった。

今日、私たちホモサピエンスとしてのヒトが直面している課題は多岐にわたる。世界的ベストセラーになった「奪われし未来」(翔泳社 刊)の指摘を待つまでもなく、世界市場に氾濫している合成化学物質は約10万種類あるといわれており、これがさまざまな環境ホルモン問題として「種の保存」にまで関わる脅威をもたらしていることが検証されつつあることは論議を待たないようだ。
1992年リオでの環境サミットで打ち出された「アジェンダ21」、あるいは京都サミット、での決議も超大国の不支持でこれらの実効は疑問視されつつある現状を見ると暗澹としてしまうのも事実であろうが、しかしそれだけにいよいよ「持続可能な開発」(Sustainable Development)の課題に基づいた生産スタイルと生活スタイルのあり方は私たちひとりひとりにとって、喫緊の問題といえよう。

「技術にとっては、自然は外部にある。第一の技術では自然を克服する。第二の技術は人間と自然の距離をとる。この距離のなかで、人間と自然の新しい関係を考えることが第二の技術の目標になる」(ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読 [多木浩二] )

現代社会に生き、生産活動をする我々の緊急の課題はこの自然と技術の距離のとりかたについてしっかりとした方向性を構築することであろう。
「サスティナブル」という思考はこうした脈略から提言されていることのひとつだ。
「建築生物学」という概念も同様にこのコンテクストのなかで考えることができるであろう。
地球環境を破壊するから、木を伐採することは避けよう。という方向ではなく、トーマ氏の手法にみられるような無垢の木材を積極的にかつ合目的的に活用すること。針葉樹林帯だけのいびつな森林生態系から、本来の森の姿、広葉樹林と針葉樹林の混合林を増やし、もっともっと森へと人間が入り、森を生き返らせること。

有限な有機素材だからこそ、森全体を喪失させるような破壊行為にも似た伐採で合板のように本来自然界になかった化学物質で構成され、ヒトへのホルモン作用攪乱物質として影響を与え、また建材としての耐久性としても数十年で損壊するようなものではなく、ヒトとともに数千年にわたって私たちの身近に寄り添ってきた素材、また数百年は持つであろう、無垢の木材を適切に使うことこそ大切なことなのでないだろうか。

しかしまた「有限な有機素材」という制約性は留保すべき捉え方ではないだろうか。
化学合成物質こそ石油資源からの賜り物であればまさに有限な資源といわねばならない。ヒトがこれを活用できるのは、わずか数百年という、地球とヒトの遠大な歴史の流れからすればほんのまばたきほどのものでしかない、数世代後には収奪し終えてしまう運命の資源だ。比して「木」は全く再生可能な資源であり、いよいよ森を豊かによみがえらせ、積極的活用をせねばならないだろう。

    

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